
蒸留回数が織りなす3つの顔。キャンベルタウンの至宝「スプリングバンク」を紐解く
|著者: hik
栄華と衰退を経験した、かつてのウイスキー首都
スコットランドのキンタイア半島南端に位置する港町、キャンベルタウン。
今でこそ小規模な生産地に分類されますが、19世紀には実に33以上もの蒸留所がひしめき合い、「世界のウイスキーの首都」とまで称された伝説の聖地です。
しかし、20世紀初頭に最大のマーケットであったアメリカで「禁酒法」が施行されたことにより、町は最大の需要を失い、またたく間に大衰退へと向かいます。
多くの蒸留所が歴史の闇に消えていくなか、その伝統と誇りを頑なに守り抜き、現代にその血統を伝えた孤高の存在こそが「スプリングバンク蒸留所」です。

1つの蒸留所、3つの人格を分ける「蒸留回数」
スプリングバンク蒸留所の最もユニークであり、玄人を唸らせてやまない特徴は、「まったく同じ蒸留所でありながら、異なる3種類のシングルモルトを造り分けている」という点にあります。
その個性を決定づける最大のロジックが、ウイスキーのピュアさと重厚感をコントロールする「蒸留回数」の違いです。
- 【2回蒸留】ロングロウ(Longrow)
スコッチの王道である2回蒸留。
ヘビーピート(強い泥炭香)麦芽を使用し、蒸留回数を抑えることで、原酒の中に麦の力強さと強烈なスモーキーさをあえて重重しく残した、極めてパワフルな一本です。 - 【2.5回蒸留】スプリングバンク(Springbank)
フラッグシップであり、ウイスキー界でも極めて珍しい「2.5回蒸留」という複雑な工程を踏みます。
初留・再留のプロセスで一部の原酒をあえて3回蒸留し、それらを緻密にブレンド。
これによって、港町特有の塩っぽさ(潮風のニュアンス)と、華やかなフルーティーさ、そして程よい重厚感が奇跡的なバランスで同居します。 - 【3回蒸留】ヘーゼルバーン(Hazelburn)
アイリッシュウイスキーに多く見られる3回蒸留を採用。
ピートを一切焚かないノンピート麦芽を使用し、3回にわたり丁寧に精留を繰り返すことで、驚くほどクリーンで滑らか、そして洗練された気品あるフローラルな味わいへと仕上がります。
バーのカウンターでこれらのボトルを見かけたら、造り手が「回数」という科学でいかに香味をデザインしたのかを飲み比べてみるだけで、夜の深みがガラリと変わります。
複雑な骨格を愉しむ、おすすめの飲み方
これほどまでに緻密に設計されたキャンベルタウンのモルトを愉しむなら、まずはストロークを長く取れる「ロック」、あるいは原酒と水を1:1で割り、氷を1個だけ浮かべる「ハーフロック」がおすすめです。
冷やされることで最初はスプリングバンク特有の「潮気」や「スモーキーさ」の輪郭がキュッと引き締まり、氷がゆっくりと溶け出すにつれて、内に秘められた蜂蜜や果実のような甘み、そして何層にも重なった熟成香が段階的に解き放たれていきます。
歴史の荒波を生き抜いた港町の琥珀色。
今夜は、その蒸留回数が織りなすドラマに、じっくりと酔いしれてみてはいかがでしょうか。
