
お客様の評価より怖いもの。プロの自信を生み出す、閉店後の「ブラインド・テイスティング」
カウンターの向こう側にある「本当の恐怖」
バーテンダーはお客様にカクテルを提供した際、「美味しい」という言葉や、グラスを傾けた時のふとした表情から、自分の味の答え合わせをします。
しかし、厳しい修行の世界に身を置いていた私にとって、お客様の評価以上に「本当に恐ろしい時間」が存在しました。
それは、すべてのお客様が帰られた後、深夜の静まり返った店内で始まる修練の時間です。
名前を伏せた真剣勝負
業務後、先輩から後輩まで全員がカウンターに並び、一斉に同じカクテルを作ります。
出来上がったグラスは、底に名前を書いたコースターを裏返しにして敷き、誰が作ったものか一切分からない状態にします。
そして、全員で少しずつ味見をし、一番美味しいもの、バランスが崩れているものを厳しく評価し合うのです。

下剋上とプレッシャーの交差点
この審査の何が怖いのか。
若手にとっては、自分が「これだめですね、バランスが悪いです」と酷評したグラスが、実は一番怖い先輩の作ったものだった……という恐怖があります。
逆に、先輩や指導する立場にとっては、後輩のカクテルの方が「美味しい」と評価されてしまうリスクを伴います。
もし負ければ、明日からの技術指導の説得力に響きかねません。
お互いのプライドと立場を懸けた、まさに逃げ場のない真剣勝負です。
「自信」という最強のトッピング
なぜ、そこまで精神をすり減らすようなことをするのか。
それは「絶対的な自信」を手に入れるためです。
先輩も後輩も関係なく、店のトップレベルの基準で揉まれ、全員が「これがうちの最高の味だ」と納得するまで精度を突き詰める。
この日々の研鑽があるからこそ、私たちはカウンターに立ち、胸を張ってグラスをお出しできるのです。

プロフェッショナルへの昇華
もし、自信を持ってお出しした一杯に対して、お客様がイマイチな顔をされたとします。
修練が足りない人間なら「自分の技術が足りなかったのか」と不安になります。
しかし、あのヒリヒリするような審査を勝ち抜いた一杯であれば、「なるほど、この方はもう少し甘さ控えめが好みなんだな」と、極めて前向きかつ冷静な分析へと直結します。
不安を確信に変え、お客様の好みを正確に測る「定規」を手に入れる。
プロフェッショナルとしての土台は、誰も見ていない閉店後のプレッシャーの中でこそ作られるのです。