清潔な髪型

鋼のセットと、一筋の迷い。バーテンダーが髪を「リーゼント」に固める本当の理由

著者: hik

乱れない髪は「安心感」のインフラ

カクテルを振る。力強くステアする。
そんな激しい動きの中でも、バーテンダーの髪型は一分の乱れも見せません。

「そこまで固めなくても、清潔ならいいのでは?」
今の若い世代の方なら、そう思うかもしれません。
しかし、私が身を置いていたホテルの現場では、基準は常に「世界」にありました。

二十代の若者から、各界の重鎮、そして世界各国から訪れるゲスト。
あらゆる文化、あらゆる年齢層のお客様から見て、等しく「清潔である」と感じていただくためには、「やりすぎ」なくらいの整髪が必要だったのです。
櫛を通し、面を整え、ツヤを出す。
それは、誰の目にも明らかな「整えられた意志」の表明でもありました。

ポマードorジェル

「一筋の髪」は、商品価値をゼロにする

もう一つの理由は、より現実的で切実なものです。
それは、飲食に携わる者にとって最大の禁忌である「異物混入」の防止です。

極上のマティーニを差し出した際、そこに一筋の髪の毛が浮いていたらどうなるか。
その瞬間、カクテルの価値、バーテンダーの技術、そしてお店が築いてきた信頼は、すべて無に帰します。
「絶対に落とさない」という覚悟は、いつしか髪を「ジェルでベタベタに塗り固め、櫛で形を整えながらドライヤーで焼き付ける」という、鋼のような硬度を生み出しました。
触ればコツコツと音がしそうなその頭髪は、プロとしての防御壁だったのです。

なぜか「リーゼント」に辿り着く不思議

バーテンダーの髪型をよく見ると、フロントを高く上げた「リーゼント(あるいはポンパドール)」スタイルが多いことに気づきます。

厳格なルールがあったわけではありません。
ただ、目の前の先輩たちが皆、そのスタイルで最高に格好良くカクテルを作っていたのです。
「プロのバーテンダー=リーゼント」という刷り込みに近い憧れは、私にとっても自然な通過儀礼でした。

鏡の前で大量のジェルを手に取り、納得のいく「高さ」が出るまでドライヤーと格闘する朝。
それは、自分が「一人の職人」へと変身するための、大切なスイッチでもありました。

櫛で梳かす

結びに:固めているのは「心」

今思えば、あのカチカチに固まった髪型は、自分自身に「今からプロの現場に立つんだ」と言い聞かせるための儀式だったのかもしれません。
髪型を整えることは、心を整えること。
たとえ今の流行りとは違っていても、あのピシッと通った櫛の目を見るたびに、私は今でも背筋が伸びる思いがするのです。